猿島 ~ 光る モンキー アイランド ~
c0012640_18502841.jpg
後輩が新婚旅行に出かけ、ああ、なんだか、オレも、南の島にいきたくなっちゃった~、ということで、行ってきましたのが、猿島@横須賀。

場所は、京浜急行快速特急で、品川から45分の横須賀中央駅に下車、徒歩15分の三笠桟橋から、シーフレンド号(1時間に1本程度)に乗り、10分で到着します。上の写真は、帰路に撮ったもので、往路は、乗客が多くて撮れませんでした。

猿島は、東京湾唯一の無人島ですが、縄文式土器が見つかったことから、原始時代には人が住んでいたものと考えられています。

「猿島」の名の由来は、1253年、日蓮が房総から鎌倉に向かう途中で嵐に遇い、船の進む方向さえ分からなくなったときに、一匹の白猿が船の軸に立ち、この島に案内したという伝説によるそうです。

1847年、江戸幕府が、異国船が出没し始めるようになったことに危機感をいだき、猿島に3箇所の台場を築き、大筒(鉄砲)を装備しました。1853年に黒船が浦賀に来航し、久里浜に上陸しましたが、そのとき、ペリーが海図に「ペリーアイランド」と勝手に名づけました。

1884年、富国強兵として猿島要塞を完成させ、第2次世界大戦の1941年に高射砲を5座配備しました。猿島には、その当時の歴史の足跡が多く残されています。

1945年に、猿島は米軍に接収されましたが、1961年に返還され、1995年に横須賀市が国から管理委託を受けて、散策路を整備し、猿島航路が、㈱トライアングルによって開かれ、翌年、海水浴場を開設し、現在は「エコミュージアム猿島」として、整備されています。



c0012640_19255427.jpg
京浜急行横須賀中央駅で、下車しました。

c0012640_192709.jpg
三笠公園に行く道は、プロムナードとして整備されています。

c0012640_19273517.jpg
10時台の船に乗りましたが、観光客の多さにビックリ。

c0012640_1929124.jpg
散策路に沿って、戦時中の兵舎等が保存されています。

c0012640_1930025.jpg
兵舎の脇に、弾薬庫があります。

c0012640_1931627.jpg
レンガのアーチ造のトンネル。

c0012640_19335598.jpg
トンネルは砲台の地下施設で、山頂にある司令所や照明所への連絡通路があります。

c0012640_19373691.jpg
島の上部には、このような砲台跡がいくつか残されています。

c0012640_19384032.jpg
ここは島の反対側の海岸で、日蓮が泊まったことから「日蓮洞窟」と呼ばれていますが、
古代住居の跡で、ここから弥生式土器や人骨が発見されています。

c0012640_19411413.jpg
山頂の方の散策路も、このような感じで歩道が整備されています。

c0012640_19422724.jpg
芝生の広場もあり、ここから、房総半島(左)と観音崎(右)が見えます。

c0012640_19435365.jpg
バーベキューをしている人が大勢、来ていました。
海の向こうは横須賀市街で、中央の少し高い山が、大楠山です。

c0012640_19452510.jpg
展示コーナー・売店・更衣室・トイレ・バーベキューの装備のレンタル所があります。

c0012640_19473447.jpg
売店には、インスタントラーメンくらいしかないので、昼食は持参しましょう。

c0012640_1948361.jpg
猿島から見た横浜。
ランドマークも、パシフィコ横浜も、ベイブリッジも写っていますが、
このサイズに縮小したら、分からなくなりました。

c0012640_19501993.jpg
また、海岸では、運動会をしているグループもいました。
14時台のフェリーで帰りました。さようなら、猿島。

c0012640_19512252.jpg
横須賀上陸。南国風の街路樹があり、この先に、昔、Hide Museumがありました。

c0012640_19521985.jpg
また、京浜急行で、帰りました。
今日は、結構、歩きました。 なんて、ヘルシーなオレ!

(今日のYouTube) 渚にまつわるエトセトラ / PUFFY AMI YUMI
  西城秀樹のヤングマン(YMCA)に、インスパイアされて出来た曲のようです。
by hide3190ymo | 2009-10-10 19:56 | 京急イメージアップ
<< 中秋のHMV 朝の徒歩通勤、1週間も続く。 >>