映画「ひまわり~沖縄は忘れないあの日の空を~」自主上映会@関内ホール
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昨日、ひまわり上映実行員会の主催で、関内ホールの小ホールで、自主上映会が行われました。今後、各映画館でロードショーがあると思いますので、「ひまわり~沖縄は忘れないあの日の空を~」を是非チェックしてください。

映画は「ドキュメント映画」でなく、物語のドラマです。ノン・フィクション映画でなく、「事実に基づいたドラマ」で、家族・恋愛・友情という日常の中に、命を失う事故が起きます。石川・宮森ジェット墜落機事件、1959年6月30日、嘉手納飛行場を離陸したジェット機が石川市(現うるま市石川松島区)に墜落し、ジェット機体が、宮森小学校6年3組の教室に突っ込み18名の命が一瞬に奪われた事件です。

普天間基地に、安全性が検証されず、事故が全て「操縦ミス」のせいにして、同じ米国内のハワイの米軍基地でも、ハワイ州政府が危険だと撤回されたにも関わらず、沖縄県民・沖縄県知事の強い反対にも関わらず、「安全に運転すること」を条件に、日米合意をされたにも関わらず、「市街地は低空飛行しない」「一番危険な操作であるヘリコプターモードから翼を広げジェット機モードにするのを米軍基地内での飛行時に行われている」と安全協定を無視し、当たり前のように、市街地で低空飛行をして、飛行モードを変えている今こそ、全国で、上映してほしい映画です。

昨日の関内ホールで4回上映されましたが、私は、仕事の疲れが午前中まで残っていたので、15時30分から17時30分の回に見てきました。まず、舞台挨拶がありました。全国で昨日からロードショーなのですが、沖縄国際大学の学生だった3人とプロデューサー4人の舞台挨拶。

沖縄国際大学生役の舞台挨拶①
「僕は沖縄県出身だけれど、この映画に出演して、今まで知らなかった沖縄の歴史を知ることが出来て良かったです。でも、沖縄は、危険な基地の側で、楽しんで生きています。」

沖縄国際大学生役の舞台挨拶②
「私は山口県出身で岩国基地があり、今回のオスプレイ配備は危険なので、私にも何か出来ることはないかと思い、出演しました。映画では、嫌な女性の役ですが、本当の私は、そうではありません。(笑)」

沖縄国際大学生役の舞台挨拶③「僕は初めて沖縄に行きましたが、米軍兵のみんなが悪い人じゃないと感じました。それでも、沖縄県に基地があるのは、リスクが大き過ぎます。」 私も横須賀のドブ板通りにいる米軍兵を見ているので、共感しました。

プロデューサーの舞台挨拶「取材をしていると、『もう、あの頃のことは思い出したくない、忘れたい』と言っている方々もいらしゃって、でも、普天間基地のオスプレイ配備を撤回させるためにも、思い出したくないことを語っていただいて、感謝しています。」

以下、ネタバレです。

舞台は、初めに、年配の男性(山崎良太、宮森小学校で事故に会った1人)が、海を見ながら草原で三味線を弾いていました。その三味線の音で、終戦直直後の沖縄のシーンが映し出されます。

終戦前に米軍兵が、もう戦うつもりはない避難民がいる防空壕の1つ1つに、爆弾を入れていったシーン。そして終戦明けに荷物や子供を持ってボロボロになった人々を米軍兵が連行するシーン。この時、普天間基地の位置が決められ、強制的に土地が囲まれたのだと思います。(映像提供会社に中国の会社があったので、そこからの情報提供だと思います。もちろん、映像は、まだカラーでなく白黒です。)

そして、舞台は、1959年の宮森小学校に移ります。

理科の授業で、石川聡子先生が、ひまわりを育てるための種を生徒に配るとき、生徒にこんな話をしました。「先生は戦争の時、11歳でした。先生とても仲良しだった友達がね、戦争で亡くなりました。ひまわりが大好きでした。この『沖縄の空には、ひまわりが良く似合うねーって言って』、涙がこぼしそうになりました。上原一平君が「先生、泣かないで!」と言いました。

山崎良太君のいるクラスに宮城広子さんが転校して、山崎君は初恋をします。そして、山崎君と彼女を含む小学校グループがいつも無邪気に楽しそうに遊ん仲間になります。上原君の家が食堂だったので、一緒にかき氷を食べたり、ボール遊びしたり、本当に罪のない小学生達。

ある放課後、上原君が、石川聡子先生と、婚約者である別のクラスの教師の儀間和樹先生が2人で話をしているところを覗いてしました。儀間先生が石川先生に、「テネシー将軍教師をやめ米軍基地で働き英語を覚えればアメリカに留学が出来るコネが持てた、君も一緒に来ないか?テネシー将軍に口聞きするからさ。」 石川先生は「アメリカに留学してどうするのよ!」 儀間和樹先生は「アメリカに行って、本当の民主主義を学ぶんだ。」と言うと、石川先生は「私達から普天間を奪った横暴なアメリカのどこに民主主義があるのよ!」 すると「うん、分かった、じゃあ、結婚は、僕が帰るまで待ってくれないか。」「私達、年を取るわ。それにお互いの時間を束縛し合うだけじゃない。」と説得されませんでした。(あとで原作の本を読んだら、このシーンはありませんでした。)

6月30日、2時限目の授業の時、石川先生が「はい、ミルク給食の時間ですよ。係の人は準備してください。」その時、上原君が石川先生に「先生、はい!」と、ひまわりの花を差しだしました。「一平君、花壇の花を取ったらダメじゃない。ひまわりの花は土に育てるものなのよ。」と石川先生がまゆを細めると、上原一平君は、にっこり笑って「だから、先生にあげるよぉ。」そう言うなり外に飛び出しました。「一平君!」一平はまっすぐ校庭に走って行きました。

そして、ミルク給食、パンもおかずもない牛乳が皿に入っているだけの給食。(ミルクは脱脂粉乳だそうです。)「おかわりほしい人」「はい!」

この瞬間、米軍の炎上したジェット機が教室の中に突っ込みました。突然、耳が壊れるような爆発音が響き、教室じゅうが揺れガラスの破片が飛び、焼けそうに熱い熱風が吹き付けて、コンクリートや鉄のかけらが飛び散り、机も椅子も吹き飛ばされました。生徒はけがをしているけれど、先生達は、生徒に「逃げて!逃げて!」と、誘導しました。

山崎良太君と宮城広子さんは、気絶して、まだ教室に残っていました。山崎君は、意識を取り戻し、自分の腕が負傷していることに気が付きました。そして隣の席に座っていた宮城広子さんの前頭部のど真ん中から血が流れて出ていました。ずるずるとはいずって、「広子!広子!」と山崎君が何度呼んでも、彼女はぐったりしたままで、山崎君の目から涙が出て、宮城広子さんを起こそうとしました。タンカで運ばれた宮城広子は、とうとう息をひそめました。山崎良太くんは、泣きじゃくりました。

そして、助かった生徒の中に、上原一平君は、いませんでした。石川聡子先生は、「私が『ひまわりの花を取ったらダメじゃない。』なんて、言わなきゃ、一平君は助かったのに。」と泣きました。

この事件を聴いて、父兄や地元の人が助けに駆け付けたところ、宮森小学校は、米軍に包囲されました。「オレ達は助けに来たんだぞ!」と訴えると、「米軍機の事故の救助は米軍の仕事だ」と言って、日本人を現場に入れませんでした。

ちなみに、ジェット機が炎上したとき、乗っていた米軍兵達は、操縦を放棄して、パラシュートで草原に無事落下したそうです。

そして、舞台は2012年、普天間基地のすぐ隣にある沖縄国際大学のゼミ。ゼミのグループワークで、2004年8月13日に沖縄国際大学にヘリコプター墜落が墜落した事故のことを調べていたら、もっと悲惨な歴史、1956年6月30日の石川・宮森事件について、調べることにしました。

ヒアリング調査の中で、「もう、思い出したくない。」と言われる場合が多く、お願いして、やっと当事者に出会い、その時に、石川聡子先生もいました。「私が『ひまわりの花を取ったらダメじゃない。』なんて、言わなきゃ、一平君は助かったのに。」と泣きました。他の遺族に「先生が悪いんじゃないよ、悪いのはジェット機じゃよ。」と慰めていました。石川先生は、1956年から現在まで、ずっとトラウマを抱えて生きてきたのです。

ある海に面した公園で、このゼミのメンバーで生まれたカップル石嶺琉一さんと城間加奈さん(以下、敬称略)の2人のシーンがありました。琉一は「最近、オレ達冷めているよね。電話だって全然くれないし。どうして?」 加奈は心を開こうとしません。

そして、加奈は、翌日、このゼミを辞めると言いだしました。「他のゼミのメンバーにあなたのお父さんさって米軍基地で働いているじゃない!」と言われ、苦しんでいたのです。

ある日、3人のゼミのメンバーが、夜、一緒に食事をしていると、米軍兵にぶつかり、米軍兵も3人でボコボコに殴られ、3人の米軍兵が車に乗って逃げ、ゼミのメンバーが走って追いかけると、追いつかず、基地の中に逃げられました。ナンバープレートをゼミの3人は覚えていたのですが、警察に取り合ってもらえませんでした。

そして舞台はまたゼミの部屋。「日本とアメリカでは、米軍兵が殺人やレイプのような重犯罪の事件以外は、警察は介入出来ないって、密約があるそうよ。」 警察殴られたゼミのメンバーが「畜生!あいつら、殴ってやりたい!」。「暴力に暴力で抵抗するのはダメよ!」と他のメンバーが言いました。石嶺琉一が、「そうだ!コンサートを開こう!集会じゃなくてデモ行進でもない、コンサートだよ!」そして、賛同者が集まり、「PEACE SKY コンサート」と名付け、地元の琉球舞踊団体から、アマチュアのロックバンドまで、集めました。

そして、また海の見える公園で石嶺琉一と城間加奈が会います。琉一が「楽しみだなぁ、コンサート。絶対、上手く行くよ、うん。」とはしゃいでいると、「何よ!コンサート、コンサートって。最近、全然、私のこと抱いてくれないじゃない!コンサートと私とどっちが大事なの!お父さんが基地で働いているのに、基地反対、基地反対、って、私の気持ち、全然分かってくれないじゃない!」と言って、走っていきます。琉一も加奈を追いかけませんでした。

加奈は家に帰って、「お父さん、どうして基地で働いているの?」と尋ねました。加奈の父親は「男として、こんなことを言うのは恥ずかしいが、生活の為だ。基地だと少し給料もいいし、加奈を大学まで卒業させるためにも、お金が必要だったんだ。」 加奈は「あの基地から朝鮮やベトナムに爆弾かかえたジェット機が、飛んだんでしょ!私も戦争加害者なの?お父さんは、沖縄に基地があるといいと思っているわけ?」加奈の父親は困惑しながらも「あの基地で働いている日本人の殆どは、沖縄に基地があるといいと思っていないよ。加奈だって、本当は分かっているだろ?」

加奈は家の階段の下で泣きじゃくります。「本当は、そばにいてほしいのに。」 そして、メールに「私達もうダメだよね・・・」と書いたけれど、送信することをためらい、手を止めました。

そんなかんなで、PEACE SKY コンサートを、大学の講堂で行う企画が、文化祭のように盛り上がっていきます。バス停の前でも、ビラを配り、たまたま、ビラを受け取った米軍兵が「Oh, PEACE SKY!Very Good!」と微笑んでくれたのが、印象的でした。逆に大学の電子掲示板には「Peace Sky コンサートやめろ」「Peace Sky コンサートなんて大学の恥だ」と誹謗中傷を書き込む人もいれば、「Peace Sky コンサート、がんばってください、応援しています。」と書き込む人もいます。

石川・宮森ジェット機事件で、初恋の人が亡くなって、今でもトラウマを抱えていて、無口な人になり、いつも草原で三味線を弾いている山崎良太さんの孫も、ゼミのメンバーにいました。「おじいちゃん、三味線、聞かせてくれないか?」「最近あんまり弾いてないからいいよ。」と断っていましたが、孫の熱心さに負けて、PEACE SKYコンサートに出ることになりました。

いよいよ、明日を迎えたPEACE SKYコンサート、石嶺琉一は、城間加奈に「明日のPEACE SKY コンサート、絶対に来てくれると信じているよ。」とメールしました。

当日、PEACE SKY コンサートには、たくさんの人が来ました。石川聡子先生も見に来てくれました。沖縄三線や、沖縄の伝統舞踊や、アマチュア・ロックバンドも来て、バラエティに富んでいて学生にも総立ちで踊ったり、舞台裏にいる石嶺琉一は、「音楽はみんなの心をひとつにするんだ。」と確信しました。

ついに、山崎良太さんの出番です。石川・宮森ジェット機事故に会ったときの様子を赤裸々に話し、それから平和への祈りを込めて、三味線を弾きました。会場は大拍手でした。

この歌の主題歌を歌うシベリアン・スカンクも登場していました。

そして、一番後ろの席に、城間加奈がいました。彼女を見つけて、石嶺琉一は、すぐ最後尾の席へかけつけました。席の後ろの通路で、石嶺琉一と城間加奈が向き合いました。

この後は、劇場に行ってからのお楽しみ、ということで、真実有り、ドラマ有りで、デートでも楽しめて勉強にもなり、恋人からも「知的な人なのね。」と見直されるかも。ヒュー、ヒュー。

ちなみに、映画の予告編は、こちらです。すみません、私のレポ、少し前後関係がおかしいことに気が付いたのですが、これが限界、許してくださいまし。


ひまわり―沖縄は忘れない、あの日の空を

ひろはた えりこ / 汐文社


ちなみに、この映画は、原作の本があって、構成や台詞が映画と少し違うのですが、ストーリーや訴えたいことは、ほぼ同じです。大きな字で書かれて、漢字もふりがなで降ってあるので、小学4~5年生から読めるのではないかと思います。

今回の自主上映会で私が学んだことは、米軍で働く日本人や米軍兵個人は、私達と同じ労働者で、彼らに対し誹謗中傷をすべきでない、憎むべきは、戦争・政治・権力者であることを、学びました。

各地の映画館で、今後ロードショーをされるそうですが、独立映画センターのひまわり上映実行委員会に申し込めるそうです。NPOや労働組合だけでなく有志でも受け付けているそうなので、もちろんお客さんを集め、会場をレンタルして採算がとれる努力は大変ですが、とても有意義なことだと思います。特に大学や高校の学園祭などで企画していただいて、若い人にも見てほしいです。

日本は、政治も資本家も腐っていますが、最も腐っているのはマスコミだと思います。問題が起きた時だけ、国民の心を仰ぎ、でも、その後、追跡調査をせず、話題性だけでに焦点を当てて報道し、いたずらに世論を形成し、そして失敗してから批判して正義の報道をしても、失敗を予測して政策プロセスを検証しない、これが日本のジャーナリズムです。

それを変えるためにも、今、各地で、デモ行進や、市民活動で頑張っているNGO・NPOの方々、こういう自主上映会で真実を伝え、語り続けること、後継者を育ても大切です。

私に出来ること、このブログを書くのと、メーデーに行くことくらいしか出来ませんが、みんなで心をひとつにして、平和な世界を作りたいですね。

(今日のYouTube) ひまわり / Civilian Skunk

動画の前半は予告編で、2分43秒後に、この映画のテーマソング、シベリアン・スカンクの歌がかかります。  
by hide3190ymo | 2013-01-27 14:16 | 平和と国際連帯
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