父島の旅 (ラスト・南島編)
c0012640_20191435.jpg
小笠原のツアー広告とかで、よく見かける風景といえば、上の写真のような光景だと思いますが、私もこの景色が見たくて、一度は小笠原に行きたいと思っていました。

でも、この景色のある南島は、貴重な自然環境を保存するため、1日の上陸できる人数が100人までと制限されていて、1年に3ヶ月ほど立ち入り禁止期間があり、東京都認定のガイド同行でないと上陸できません。また、冬場は海が荒れていて波が高く、ガイドさんのボートも欠航することが多くて、運が良くないと見られません。

私は、年末年始の小笠原の旅行を決めたのが、ギリギリだったので、1月1日から1月3日までガイドの予約は一杯で、1月4日のみかろうじて取れて一本勝負でした。しかし、海は1月1日、2日は季節風で荒れており、ほとんどのボートが欠航していました。3日から風が止み始めて、大きいボードを持っているガイドツアーが出始めて、4日には私の予約したガイドさんのボートも出航できました。



c0012640_20335331.jpg
こんなボードに乗りました。20人くらい乗れる船で、ホエール・ウォッチング(鯨を見る)、ドルフィン・スイム(イルカと泳ぐ/イルカは人懐っこいらしい)、シュノーケリング、南島上陸、兄島海中公園(上陸できないため、兄島の近海でボートを止めて泳ぐことができる区域)がセットになっている海のツアーで、シュノーケリングセット無料レンタル込みで12,000円でした。
c0012640_20404558.jpg
父島からちょっと沖に出て、鯨が見れるポイントに出ました。私の目ではザトウクジラが4匹、見つけられましたが、バードウォッチングをやっている人はもっと沢山見えたそうです。クジラは上半身が持ち上がって、そのまま回転して、しっぽを海に出して、いったんもぐると、また背中を出して、潮をピューと吹く、動きでした。クジラは魚じゃない、肺呼吸をしているのだということが、生まれて初めて実感できました。でも、カメラにこだわると、鯨が出てくるのを見逃しそうなので、写真はあきらめました。上の写真は父島の南側の千尋岩という絶壁で、微妙にハート型しているので、ハートロックと呼ばれているそうです。
c0012640_20471539.jpg
1時間くらい鯨探しをしたあとで、南島に上陸しました。このような入り江状の部分にボートをつけて上陸します。
c0012640_20505112.jpg
南島は、石灰岩でできている沈水カルスト地形の島なんだそうです。島の真ん中がくぼんで砂浜になっています。
c0012640_2053119.jpg
扇池という池で砂浜に2色の水の層があって、とても綺麗でした。
c0012640_2055264.jpg
こんなところでランチタイムを1時間取りました。まさに楽園です。
c0012640_20562729.jpg
砂浜は、このようなカタツムリの化石みたいな貝殻がたくさんあります。これらは自然環境保全のため、持ち出しはもちろん禁止で、配置も変わらないように、東京都のレンジャーが2人くらい見張っていました。海も綺麗でしたが、レンジャーのお姉さんも綺麗でした。
c0012640_212583.jpg
午後になって、兄島海中公園に移動し、そこから希望者のみシュノーケリングでした。(上の写真は1月1日に兄島を撮影したもので、向こう岸の中央辺りがだいたいボートを止めた位置です。)気温は首都圏の10月下旬くらいの寒さで、泳いだのは勇敢な若者達だけでしたが、私もその仲間に加わりました。生まれて初めて体験したシュノーケリングで見た光景は、とにかく綺麗で、色とりどりのサンゴと熱帯魚が泳いでいて、水族館で見る風景を野生のまま見たような感覚でした。結局、イルカは見られなかったけれど、大満足でした。
c0012640_2195571.jpg
16時頃、波止場に着くと、民宿のおばあちゃんが心配して車で迎えに来てくれて、これが親だったらウザいと思うけれど、こんな通りすがりのお客さんにそこまで親切にしてくれて嬉しかったです。上の写真は宿の近くの農協です。

宿では、どう考えても、アウトドアタイプではない、夜になるとギラギラするタイプの不良中年のおっちゃんと仲良くなりました。でも、おっちゃんの話、女の子のことばかりでした。(笑)

普段、私はほとんどテレビを見ないのですが、ここではインターネットも見れないので、夜、古館伊知郎が司会の「地球危機2008」を見ていました。世界遺産になったガラパゴスで観光開発が進み、生態系が変化してしまい、危機遺産になったことを知り、小笠原もこうならなければいいなぁと思いました。特に「小笠原は東洋のガラパゴス」とか言われているそうなので、ますます気になりました。父島の村役場には「村民の願いは飛行場建設」とか「小笠原を世界遺産に」とか書いてあります。でも、飛行場の建設に関しては賛否両論あるそうです。病院も診療所が1件、そこには医者が2人しかいなくて、病院は船か、自衛隊のヘリコプターで運ぶしかない現状。でも飛行機ができて誰も気軽に来れるようになると、あの南島の自然環境は守れるのだろうか、そう考えると複雑な思いがしました。
c0012640_2130832.jpg
最終日の1月5日、海洋センターという色々な種類の海亀が飼育されているところへ見学に行きました。亀さんのかわいいのなんのって。
c0012640_21313825.jpg
聖・ジョージ教会という祈りの場所です。小笠原は1830年頃まで無人で、イギリスの捕鯨船の停留地となり、それからハワイの住民が定住したそうです。明治時代になって、小笠原の本格的な開拓が政府によって進められ、日本の領土として認められるようになったのですが、第2次世界大戦後から1968年まで米軍の統治下にあり、今年が帰還40周年だそうです。そういうわけで欧米人も多くかかわっている島で、外国人の観光客も何人か見かけました。
c0012640_21465196.jpg
教会の中は、正月なのに、まだクリスマスモードでした。
c0012640_21472749.jpg
最後にビジターセンターへ行って、小笠原の歴史と自然環境について復習しました。受付のお姉さんが、偶然にも、1月1日に着いたばかりのときに私が夕ご飯を食べに行ったレストラン&バーで働いていた人でして、私の顔を覚えていてくださっていて、嬉しかったです。それにしても、そのお姉さんの昼と夜の仕事ぶりのギャップが素敵すぎました。ビジターセンターでは、島の地形の成り立ちや、アカガラスバトのパネル展示、古民家のほかに、先住ハワイ人がカヌーにつけていたお面の塗り絵や福笑などがあって、子供も楽しく遊べるようになっていました。
c0012640_21564349.jpg
5日の14時に父島出航。帰りは船のデッキで、iPODで音楽を聴きながら夕焼けを見て、黄昏れていました。夜、もう1度、デッキに出て、星を見に行きました。かなり寒かったけれど、オリオン座の真ん中の3つ星がくっきり見えるほど空が澄んでいました。
by hide3190ymo | 2008-01-10 21:00 | 旅行・観光
<< 小笠原のお土産 父島の旅 (中盤) >>