夏の夕暮れ時の横浜橋商店街
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会社の帰り道、横浜橋商店街を通って帰りました。写真は18時30分~19時くらいの様子で、だんだん日の入りが早くなってきました。横浜橋商店街の一角は、私の住むアパートのの町内で、住宅・商業・工業の混合地区で、いわゆる「下町」の雰囲気です。周囲には、高層マンションと昔ながらの木造住宅が共生しています。

高層マンション等は建設反対されがちですが、この横浜橋商店街が黒字で生活していくには必要で、高度成長期に、地元住民の要望で、用途地域が、住宅地域を商業地域に変えて、建蔽率・容積率をアップして、都市計画決定した街です。

今、マンションばかりにならなかった理由は、まだ建築基準法がない時代に戦災復興で区画整理されたため、前面道路の狭い敷地と広い敷地があり、道路斜線制限というのは敷地に接する前面道路が広いほど高く建てられるので、前面道路の狭い敷地は高い建物が建てられないからです。

最近、特にイセザキモールや野毛地区は、東急東横線の路線変更により、売上が30%落ち、マルイ、松坂屋が撤退し、有隣堂文具館が本店と統合し、石丸電気も撤退し、もう関内・伊勢佐木長者町地区は、新横浜・上大岡・港北ニュータウンや、郊外の大型集客施設に、商圏をとらてしまい、さらに、楽天・amazon等のインターネットに客層が取られ、商店の連続していない商店街が増えてきました。

そんな中で頑張っているのが、横浜橋商店街(南区)、弘明寺商店街(南区)、大倉山商店街(港北区)、六角橋商店街(神奈川区)、浜マーケット(磯子区)等で、いずれも、日常生活品や生鮮食品を取り扱う店が多く、無表情な大型集客施設と違い、街に表情があります。どの商店街も大きなデパートがなく、横浜橋商店街と弘明寺商店街は、小さなスーパーがあるものの、商店街と共生しています。

もともと、江戸時代まで、ここは海の中で、近くに漁村がありました。天明の大飢饉の頃、田んぼを増やすために、埋め立てられました。そして、日米通商友好条約で開港が迫られ、関内の外国人居留地と、横浜港建設の為に、職人が集まって、農村は街になり、横浜大空襲で爆心地の一つとなり、戦災復興で区画整理がなされ、今では、南区は横浜で最も人口密度が高い区域となり、年々、在日外国人が増え、多国籍タウンになってきました。

そんなわけで、横浜橋商店街LOVEなのです。自宅から300mの商店街、私はこんな感じの街に住んでいます。

でもな、消費税引き上げになったら、こういう商店街や個人商店が真っ先にダメージが来るよなぁ。自民・公明・民主、ダメダメ政治だな、オール与党。

ちなみに南区は、市会議員選挙は、日本共産党のあらき由美子氏が当選。もと横浜市の保育士で、私と同じ労働組合だったのですが、特に、横浜橋商店街や弘明寺商店街の活性化や、待機児童の解消、南区清水ケ丘地区(どんど商店街があるところ)危険なの崖の改善崖のの改良(実は彼女は建設関係は苦手なので、自分達の労働組合で、あらき氏に入れ知恵をして制作立案をしておきながら、自分たちの職場で、彼女からの陳情の回答を自分達の職場で、非力に書いていたりしますが。。。。。それでも、あらき氏は何度でも、しつこく陳情するので、より上層部が動いてくれる、実はそこがねらい目だったりしますが。)等、また、弘明寺商店街での大型集客施設を民主商工会と調整しながら、誘致させなかった、わりと地域密着型の人です。

(今日のYouTube) Suffragette City / David Bowie
by hide3190ymo | 2012-08-21 21:28 | 都市デザイン
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